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2008. 9/ 6
更新2009.7/8
緋牡丹博徒(第1作)
 1968年。監督 山下耕作。脚本 鈴木則文。出演 藤純子、高倉健。
 
◆貫き通す決意。そして、決意に秘めた女心。 「一家をたたんだっちゃ、矢野組の代紋は、
 あたしの胸に抱いていくけんね。
 お父つぁん、許してな、あたしは、きょうから男になるとよ」
 
緋牡丹博徒
緋牡丹博徒
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緋牡丹博徒
プレビュー


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仁侠映画の名花ともいえる藤純子の代表作のシリーズが「緋牡丹博徒」シリーズです。

実は、この作品から処世訓を引き出すのは難しいですが・・・。緋牡丹のお竜(藤)がなぜ渡世の道にはいったかを説明する一作でもあり、名場面も多々あるので紹介します。

ひとつが冒頭に掲載したセリフのシーンです。
ここでは、賭場でいかさまを見破ったお竜がやくざに襲われ、流れ者 片桐(高倉健)に助けてもらい、自身の過去を語ります。

矢野組親分である父親が殺害され、その四十九日に仏前に向かい、旅にでることを告げます。
それまで、商家に嫁ぐことになっていた、ただの娘がやくざの娘ということで、その因果を背負い、親の仇を討つために、女を捨て、男となり、生きてゆくことを誓う場面です。

もうひとつ、同様に決意を示すのが、夜の橋の袂で、仇を探し続けるお竜に、片桐は、女は男にはなれない、と云う場面です。そこでのセリフが以下です。

片桐
「一家を立て直したとしても、その後、女としてのおめえさんに何が残るんだい。
 男の俺でさえ、つくづく、この渡世が嫌になるんだ。
 まして、女のおめえさんが、そうやって精一杯背伸びしているのをみると・・・」

お竜
「あたしは、女ではなかとごたい」


折から、花火が打ち上げられ、その花火に画面は切り替わります。そして、お竜は水面に映る自分の姿に向かい石を投げるのです。そうすることにより、自分の決意を通そうとする固い意思を表しました。

決心したことを意地でも通す姿は、仁侠映画ではいろいろな場面で登場します。実は、それが悲劇の原因になるわけです。
しかし、
決意したことを石にでもしがみついて、やり遂げようとする姿は気高いものがあります
そんな生き方は尊敬に値します。
最近は、打算的で、そういった姿勢で生きることが少なく、また難しくなっている時代かもしれません。しかし、気高い人生を生きるという生き方もよいと思います。

もうひとつ、名場面を紹介して終わりにします。
矢野組時代からの子分であるふぐしん(山本麟一)が刺され、息をひきとる寸前にお竜に五木の子守唄(お竜の出身地)を歌うことを懇願します。
その唄をBGMとして、渡世にはいる前のお竜の姿が映像として流れます。

これらの名場面や名セリフを通して、お竜がただの娘から、女渡世人へと、女から男へと移ってゆくことを、この映画は全編を通して、明確に提示します。そんな場面の中にチラホラと覘かせる女心が魅力ともなっています。

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