新合交差点
新合交差点の閑馬へ右折する道の右脇に
八幡神社の石柱が立っています。
そして、新合診療所を左に見て通りすぎて、閑馬へ向かいます。 |
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閑馬庚申山
左前方に山が見えてきます。閑馬庚申山です。
道路脇に、農集電話開通記念碑が立っています。
農集電話とは、集団農村自動電話の略で、
ひとつの農林漁業地域で160名以上のまとまった希望者がいた場合に、 地域に自動交換機を設置し、そこから各家々へ電話をひくというサービス。
その先の民家の裏手から、閑馬庚申山へは向かいます。
登山口の石柱が見えます。
さらに進み、以前閑馬庚申山へ登る際、
クルマを置いたNTT交換施設のそばの土盛の上に
石祠があります。 |
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道標
閑馬庚申山を過ぎ、
左が山間に向かう台地のような場所に道標が立っています。「← 山形経田沼至、 → 鶴(?)坂経下彦馬飛駒至」
と記されていますが、どうも90度ずれているようです。
従って、閑馬庚申山の北側の谷が鶴坂で、
峠越えで下彦馬、遠原に抜けるようです。
確かに山道があります。今後の宿題ができました。 |
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庚申塔
寺山墓地入口にまとまった石塔群があり、百庚申でした。 |
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閑馬小学校
新合交差点から、15分。
閑馬小学校まで来ました。
小学校は、左手の坂を上った高台にあります。
閑馬小学校の校舎は、風情のあるロッジ風です。 |


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出雲神社
交差点まで戻り、入口に立つ出雲神社の大きな案内板。
右を指しています。小学校の反対側の道を進みます。
左の黒塀に沿って、雪の残る道を進みます。
橋を渡ると、おっと八幡神社の石鳥居と石灯篭。
しかし、本殿はなし。
その横のさらに雪の残る道を進むと、
右に朱色の鳥居、白い社殿の出雲神社が見えてきます。
まだ建てられて新しいようです。 |
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八幡神社
出雲神社の脇の道をさらに進み、
山の杉木立の中へ上ってゆくと、八幡神社です。
そんな山道の先に神社があるようには見えないので、
初めて訪れるとわからないでしょうね。
筆者は、このそばの会社のサイトを制作したことがあり、
その蕎麦の名前の由来となった神社ですので、
過去に訪れたことがあります。
「八幡そば」のサイトは、こちらです。
八幡神社は、林間の木陰にあるために境内一面に雪が残っています。20cmくらいはあるでしょうか。
朱色の社殿がひっそりと佇んでいます。
地元の人が元禄14年に山城石清水八幡宮を崇敬し、
建てたものです。
極彩色の彫刻が奇麗です。
水屋の龍の口が見事です。
この神社のすぐ下に住む方が境内の杉枝の掃除しており、少々話しました。家族は横浜に住み、一人で10年来ここに住んでいるとのこと。
境内のそばに山に続く道があり、聞くと、昔は梅園からの閑馬小学校への通学路だったとのこと。山越えで児童が毎日歩いていたわけですね。感慨無量です。今度辿ってみましょう。宿題のふたつめができてしまいました。 |





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庚申塔・地蔵
閑馬小学校を過ぎる北側の入口に、
小学校の古い門柱が残っています。「学」の字が旧字体。
その先の消火栓の隣に、自然石の庚申塔、地蔵が立っています。 |
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八坂神社
歩いて数分、右の民家の前に、小さな祠があります。
八坂神社です。
その隣に1mくらいあるでしょうか、青面金剛像。 |


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示現神社
道路の先に朱色の橋が見えてきました。
その後ろの木立、示現神社の鎮守の森です。
歩きだしてから、ほぼ1時間。今回のゴールです。
橋を渡ると、石鳥居があり、その右に道祖神。
"道"の字が判りませんが。
石段の先に瓦葺きの笠木の朱鳥居、その先に朱の社殿があります。瓦葺きの笠木は、「飛駒を歩く2」の宇都宮神社と同じ形態です。
社殿の彫刻は、こちらも極彩色。
珍しいことに、絵馬がかかっています。
社殿の前で凧をかかげた童(?)、弓をもつ武者。
社殿前の水屋は八幡神社同様、龍の水口。
境内には、猿田彦大神の大きな石碑。
ここから、スタート地点の新合交差点まで戻ります。
今回は、1時間のウォークでしたので、ラクに戻れそうです。 |
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