足利公園〜八雲神社
駅、駐車場から、市内の大通り、県道岩船桐生線を西に向かい、
通七丁目交差点を目指します。
通七丁目の交差点を南に折れて、しばらく歩くと右手に足利公園、八雲神社が見えてきます。
足利公園は、春には桜の名所となります。
その北隣に八雲神社があります。
市内にいくつか八雲神社はありますが、ここが森高千里の歌「渡良瀬橋」に登場する八雲神社です。
最近、神殿が改築され、きれいになりました。
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福厳寺(布袋尊)
公園、神社の前を流れる逆さ川に沿って、北に歩きます。
七福神の1番目は、布袋尊です。境内の左奥にあります。
福厳寺は、寿永元年(1182)藤原姓足利4代目の忠綱が両親の菩提を弔うために創建されたといわれます。
寺の墓地の中の階段を上ってゆくと、
足利公園から続く水道山公園にでられます。
見晴らしがよいので上ってみましょう。
近年、この場所で上野樹里、市原準人主演の「虹の女神」のロケが行われました。
20010.1/1 フジテレビドラマ「わが家の歴史」でもロケがが行われました。
山道があり、それを上ると水道山です。
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常念寺(毘沙門天)
県道岩船桐生線にでたら、斜め左にお寺が見えます。
常念寺です。
七福神の2番目は、布袋尊です。
本堂内の左奥にあります。
平安末期の創建と伝えられ、一遍上人の法孫が遊行中に荒廃したこの寺を再建したと伝えれています。
ここは、天狗山を歩いてきたときの終点でもあります。
県道を通七丁目交差点まで戻ります。
この交差点の角にある床屋さんと電話ボックスは、
森高千里の「渡良瀬橋」歌詞に登場します。
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三宝院
右の家並みの中を逆さ川に戻ると、三宝院があります。
延応元年(1239)創建。藤原姓足利氏初代の成行の弟行房の子行国の五輪塔があります。
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厳島神社(長尾弁財天)
七福神3番目は、弁財天。
川沿いに西に歩き、旧西小学校の校庭が終わるところにあります。
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長林寺(福禄寿)
厳島神社から、北の道へ入ります。
しばらく歩くと、右手に長林寺の入り口が見えてきます。
七福神4番目は、福禄寿です。
文安5年(1448)足利長尾家の菩提寺として創建。
本堂の左の覆屋の中に、銅造の大日如来像。
江戸時代の作で佐野の天明鋳物でできています。
さらに左に進むと、
司馬遼太郎の短編小説「喧嘩草雲」の主人公でもあり、
足利「梁田戦争戦跡を歩く」でもとりあげた
幕末勤皇の画家 田崎草雲の墓があります。
墓地内を上ってゆくと、
6代140年にわたり当地を治めた足利城主であった
長尾家の歴代の墓所がもあります。
当初は岩井山にあったものを3代景長が当地に移しました。
その景長の五輪塔は中央にあります。
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西宮神社(恵比寿尊)
七福神5番目は、恵比寿尊。
さらに坂を北に上り、
足利工業高校の右手に長い石段が見えます。
この石段を上ると西宮神社です。
毎年秋の大祭は恵比寿講と呼ばれ、にぎわいます。
ここからは、厳島神社まで戻り、川沿いに北に歩きます。
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織姫神社
大きな石の鳥居が見えてくると、織姫神社です。
織姫山の中腹にあり、朱色の社殿は足利のシンボルです。
逆さ川は、織姫山麓に沿って流れてゆきます。
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法玄寺〜巴薬師
承安年間(1171〜1174)に源姓足利氏2代目義兼の長男義純が母の菩提を弔うために創建。境内の西に北条時子の五輪塔があります。
また書家で有名な相田みつおの墓所は、こちらにあります。
法玄寺の東隣に小さなお堂があります。巴薬師です。
小さな公園となっており、川を渡って入ります。
本尊は、弘法大師の作と伝えられる坐像です。 |

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カソリック教会
日赤の手前の歩道橋のところに教会があります。
教会のステンドグラスと、その前の白いマリア像が美しいコントラストです。
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徳正寺
眼の前の高台(月見ヶ丘)に足利短大と日赤が見えてきます。
足利日赤病院の交差点から、さらに坂を上り、川沿いに歩きます。
天平3年(731)行基上人により創建。
虚空蔵堂に上人自ら彫ったと伝えられる木像が祀られています。
毎年1月13日に祭りが開催され、繭玉が売られ、繭玉市でも有名です。
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水門
道は狭くなりますが、川に沿って歩くと、
水門があります。
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法楽寺
織姫公園への入り口の道路を少し入ると法楽寺です。
建長元年(1249)源姓足利氏3代目の義氏が、夢のお告げで池底から引き上げた阿弥陀如来像を本尊として祀っています。
京都の銀閣寺を模した本堂です。
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共同墓地入口
広い道路が右手から合流してきます。
その先に市内の幾つかの寺の共同墓地への入り口があります。ここから、両崖山へ上ることもできます。
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厳島神社(明石弁財天)
七福神の弁財天ですが、弁財天ふたつめですね。
しばらく歩くと、川沿いに幟が見えてきます。
明石弁天です。
トイレや休憩舎もありますので、一休み。
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分岐
道が川沿いから離れます。
斜め右の道を歩きます。
さらに分岐があり、
続いて、斜め左の細い道に入ります。
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心通院(寿老人)
七福神6番目は、寿老人。
変則的な交差点ですが、左に心通院が見えます。
真っ直ぐ歩きます。
すると左手に川が再登場です。
ここは、足利高校に続く道路です。
心通院は、永禄9年(1566)足利長尾5代目政長が両親の菩提を弔うために創建。
寿老人は、本堂左奥です。
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雷電神社への道
足利高校を通り過ぎ、左に道が分かれます。
足利高校の塀沿いとなり、青木病院、雷電神社への道です。
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雷電神社
青木病院を過ぎたところの右手に、
雷電神社への上り口があります。
永正9年(1512)足利長尾3代目景長が廃城となっていた足利城を修築し、岩井山城から移ったときに城の守護として創建。
雷電神社から、江川山を経由して両崖山へ登るコース、
神社前の道をまっすぐ登ってゆき、両崖山へ登るコースもあります。後日紹介したいと思います。
ここからは、市街地へ戻ります。
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ばんな寺(大黒天)
七福神の最後は、大黒天。
ばんな寺は、足利義兼が文治5年(1189)義氏の誕生と同時に屋敷内に持仏堂を建て、大日如来を祀りました。
建久7年(1196)妻時子を失い、宗徒「ばんな」と号し、ここを氏寺としました。
大黒天は、ばんな寺の境内の北に位置する校倉に祀られています。
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足利学校〜太平記館
ここまで来たら、足利学校と太平記館にも寄り道です。
足利学校は、フランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大しにして最も有名な坂東の大学」と世界に紹介された「日本最古の学校」です。
太平記館は、NHK大河ドラマ「太平記」の鎧や衣装を展示し、観光土産の売店、駐車場があります。
比較的歩きやすい七福神と逆さ川沿いの寺社仏閣を巡るコースでした。
いろいろと山歩きとも組合わせることができます。
ぜひ、お正月に歩いてみてください。
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